【ロシア極東と日本】第1回 北方領土「固有の領土」論という神話

   

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北方領土問題は、本当に前進しているのか

日露関係が大きく動きつつあるようにみえる。これは、「北方領土問題」が「解決」にむかって動き出している、と同義にとらえられているであろう。日露関係における領土問題の突出した大きさのあらわれである。日露関係の歴史と現在と未来を考えるこの連載も、やはりここから語りはじめなければならないだろう。「北方領土「固有の領土」論という神話」とタイトルをつけたが、昔話をするわけではない。

動き出した契機は昨年11月24日、シンガポールでの日露首脳会談である。安倍晋三首相が、1956年の日ソ共同宣言(以下、56年宣言)を基礎に平和条約交渉を加速化させようと提案し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がこれに合意した。56年宣言とは、平和条約締結の後に歯舞群島・色丹島の2島をロシアが日本に引き渡すと規定した文書である。

しかし冷静に考えると、これは形式的には2001年の段階に戻ったにすぎない。56年宣言を交渉の基礎にすることは、01年3月25日、前年5月に就任したプーチン大統領と森喜朗首相(当時)による「イルクーツク声明」ですでにうたわれている。つまりプーチン大統領は、就任当初から一貫して出発点から動いていないのである。

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ロシアと日本、それぞれの思惑

 

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では、なぜ今回、事態が動き出したように映るのか。日本側からみれば、理由はふたつある。ひとつには、シンガポール会談の2か月前、ウラジオストクでおこなわれた日露首脳会談でのプーチン大統領の発言が伏線にある。会談後の共同記者会見でプーチン大統領は、「いま思いついた」として(そんなはずはないのだが)、「一切の前提条件抜きでの年末までの平和条約締結」を提案した。一切の前提条件抜きとは、56年宣言の拘束を外すことを意味する。

つまり、領土問題の棚上げ、ロシア4:日本0という現状の継続である。これを、シンガポールでの安倍首相による逆提案で「0から2へ」引き戻したようにみえる点が、大きな成果ととらえられているのだろう。しかし、繰り返すが、これはプーチン大統領を交渉の出発点に引き戻したにすぎない。 

もうひとつは、歯舞・色丹の2島で妥結する政治決断を日本政府が下した可能性が表面化してきたことにある。シンガポール会談直後の東京の大手紙はこぞって、「4島一括返還」の主張から「2島先行返還」に日本政府が方針転換した可能性を報じた。「2島先行返還」とは、平和条約締結後に歯舞・色丹が返還された後も領土交渉を継続し、国後・択捉の返還も段階的に目指す、という方針である。

しかし、北方領土のいわば「地元紙」で、日露関係報道には定評のある『北海道新聞』は、会談3日前の11月11日にすでに「2島+α」への政府の方針転換を示唆していた。「2島+α」とは、島の数は歯舞・色丹の2島で妥結し、国後・択捉については自由往来など現状よりも進んだ権利の獲得を目指す、言い換えれば、領土要求はしないという方針である。日本政府の真意はいまだ不明だが、「2島+α」もやむなし、という方向にかじを切っている可能性が高い。

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