【特集】「現代中国の社会・政治の変化」(下)

      2017/10/19

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【特集】「現代中国の社会・政治の変化」

今月18日に開催される、5年に1度の中国共産党大会で注目される中国。

習近平総書記が就任して5年を迎えた今、前政権から中国の社会事情や政治がどのように変化を遂げてきたのか。また、党大会後の中国はどこへ向かっていくのか。

東北文化学園大学総合政策学部で中国政治について研究している王元教授にお話を伺った。

(東北文化学園大学王元教授)

 

今回の特集では以下の3点を(上)・(下)の2回に分けて掲載する。

1.社会事情の変化

2.政治体制の変化

3.党大会後の中国

(以下、インタビュー)

2.政治体制の変化

2.政治体制の変化について

-胡錦濤前政権では、指導部の政治局常務委員が9人体制で、集団指導体制にあったようだが、習近平政権になってからは7人体制であり、さらに習近平以外の政治局常務委員の存在感がほとんどなく、習近平の存在が際立っているように見受けられる。このような政治体制の変化についてどう解釈すべきか。-

 

(1)中国の政治体制について

現在中国では、所謂「党国体制」が完成時期にあり、今回の党大会でその完成度が高くなるであろうと見ている。

中国はこれまで、民主化という名の下で努力してきたが挫折し、中国人も欧米式の民主主義が実現する見込みがないと思うようになった。しかし、鄧小平の時代に定年制が制度化され、個人崇拝をやめ、権力が分散されたことで、それまでの党国体制が次第に現代政治の原理に合うようになっていった。腐敗などの問題はあるが、党国体制は責任の所在が分かりやすく、中国社会に浸透していったのである。

◆党国体制

党国体制は、政治学上の概念でいうと(※)「全能主義(Totalism)」ともいえ、これは中国政治を説明するうえで重要な概念である。

(※)「全能主義(Totalism)

従来、「権威主義」や「開発独裁」は1960年代中南米、東南アジア及び韓国、台湾などの国々及び地域に遍在した開発志向の反共政治体制を指す概念である。しかし、20世紀の中国政治史からすれば、「権威主義」の基本的な特徴は1910年代から2000年代の全ての経済・社会・政治構造に当てはめることが不可能である。「透谷体制」を政治学的に説明するための概念として「全能主義」が提起された。全能主義(Totalism≠Totalitarianism)はアメリカの華人政治学者である鄒讜(Tang Tsou、シカゴ大学政治学教授)が20世紀の中国政治を分析するために提起した概念である。鄒讜が、かつて国民党元老で反共西山派の巨頭であった鄒魯の令息であることと、この概念の定義に国民党と共産党両時代を常に念頭においていたのである。

中国政治における政党は、実際には国の意思を表現する役割を担っていると同時に、様々な国家機関の相互間の調整促進に大きな役割を果たしている。これはつまり、各種国家機関の間で仲介の役割を担い、それぞれの部分を効果的に結び付けて、一体化させて全体的な力量を引き出すものであると言えるため、中国政治は「全能主義」で説明することができると考えている。

◆集団指導体制の実現

上記で述べたように、現代中国政治は制度化が主要課題であった。というのも、毛沢東時代の政治体制には終身制、個人崇拝などの、個人への権力集中が反省としてあったためである。この制度化の成果の一つとして集団指導体制の確立がある

胡錦濤前政権時代には、ルールに則って政策を進めてきた。これは中国社会全体としてはまだまだではあったものの、党中央においてはすでに近代的な政治ルールが出来ていたと言えるだろう。

このルールにより、胡錦濤前政権が始動した中国共産党第17大会以後、党中央の人事問題では余裕を持って事に当たることが出来た。集団指導体制時代の権力闘争には、文革時代と比較してすでに根本的な変化が起こっているということである。

文革時代において、指導者らはいわゆる職業革命家で、彼等の人生から政治家の他に選択肢がなかったため、その時代の権力闘争は往々にして命がけのものであった。しかし、1980年代以後、文革時代の国家と人民に災いをもたらした幹部の終身制は廃止され、その後、党政軍および「人大」「政協」など最高国家指導者がその在任中死んだ例はもう出ていない(病死した黄菊は常務副総理であった)。この終身制の廃止は、中共権力の継承方式および権力闘争方式の改変にとって非常に大きな影響があった

中国は現在「中左(中道左派)」の時期にある。イデオロギーは基本的には依然として中道主義であるが、すでに鄧小平時代の「中右(中道右派)」から少し左に回帰したということである。この回帰による体制の硬直化はもしかすると、事物発展の必然の傾向であるかもしれない。今後、さらに左に回帰するかどうかはまだ分からないが、もしこのような回帰を防ぎたいのであれば、党の指導体制における更なる改革(主に制度化)で防止する必要があるだろう。

 

(2)政治局常務委員について

中共中央政治局常務委員会は中国共産党の事実上の最重要権力機構であり最高意思決定機関である。成員は「政治局常務委員」と呼ばれる。中国共産党の党規約によれば、中央政治局とその常務委員会は、中央委員会全体会議の閉会中に中央委員会の職権を行使する。

中共中央政治局常務委員会の構成について、当然成員と言われるのは(中国共産党中央委員会)総書記、(国務院)総理である。選ばれるケースが多い成員は全国人民代表大会常務委員長(準当然成員)、中華人民共和国主席(準当然成員、基本的に総書記が兼任)、国家副主席、中国人民政治協商会議主席、中国共産党中央軍事委員会主席(準当然成員、基本的に総書記が兼任)、国務院常務副総理、中国共産党中央規律検査委員会書記の計7名で、その他、0か2名と言われる。人数は基本的に奇数原理で構成され、それが長期にわたりずっと党の指導核心を構築してきた一つの原則であった。

(中国共産党組織図)

 

総書記1人、常務委員会常務委員7人、政治局委員25人、規律検査委員会書記1人の以上27人(重複あり)が中国共産党中央指導者、または中国における「党と国家の指導者」と呼ばれ、現在の中国政治体制における最高幹部である。

中国共産党の党規約では、中央委員会が実際的な最高権力機関であり、政治局が実際的な最高常設権力機関で、政治局常務委員会が中国共産党の最高指導部なのである。

胡錦涛政権時代には政治局常務委員が9人で、集団指導体制をとっていたが、現政権では7人に縮小した。これは結果的に習近平への権力集中に繋がったかもしれないが、政策決定のプロセスにおいては正しいやり方だったのではないだろうか。

全国大会(党大会)は一般的に5年毎の開催であり、中央委員会全体会議(中全会)は一般的に毎年一度の開催、中央委員会政治局は毎月一度、政治局常務委員会は毎週一度の開催である。胡錦涛政権時代では、地方視察や各国訪問で国内外を飛びまわる常務委員9人全員を毎回集めて政策を議論することが大変困難であったと考えられる。したがって、常務委員の人数を縮小させたことにより、政策決定をより円滑にできるようになったといえる。また、人数の縮小を反対する人が多い中でこれを実現することができたということは、党の活力がまだ残っていることを意味するだろう。

勿論、この時、薄熙来の自滅で一つの空きができたという好条件が揃ったことも忘れてはならないだろう。そして、就任当初は「最も弱い君主」と言われた習近平がこれほど強い指導者になったのは、大きな改革や施策もなく「弱い指導者」という烙印を押された胡錦涛前政権からの反動と反腐敗に取り組み、腐敗分子を摘出したことで民衆の支持を得られたことの2点の好条件の集中にある。

◆習近平への権力集中の背景

9人体制から7人体制になることで、前政権に比べ政治局常務委員一人一人の重みが増し、さらにその中でも権力が習近平に集中させている。これには3つの原因がある。

1つ目は、習近平総書記と李克強首相との関係である。ご存知のように、かつて常務委員就任の前、李が習より優位にあった。しかし、常務委員会の中で二人の立場が逆転したことで、総書記に相応しい権威と権力が求められ、習への権力集中が始まった。つまり首相より上位の総書記の力を強める必要があったため、習近平は自らの地位を確立させたのである。

2つ目は、国際環境における危機感である。前政権時は、北京オリンピックや、上海万博開催で中国の国際環境が概ね良好であった。しかしその後はアメリカによる中国批判や冷え込んでいく日中関係、南シナ海問題などで、中国の国際環境が悪化した。特に昨年の国際経済関係が悪く、中国の経済・金融を安定に保つために習近平に権力集中をさせ政策決定させやすくしたのである。

日本では、李克強の担当範囲である経済分野について、習近平自らが政策を進めるなど、李の活躍の場を奪ったといわれている。しかし、これは主に国内経済の重大な政策変更に関するもので、李は経済外交で大いに活躍した。

実際、総書記が首相の仕事を「横取る」ことは珍しくない。江沢民時代にも、法輪功の取り締まる方針について、ことを重大視する江沢民総書記が朱鎔基首相を遮って自ら指揮を執った。政治局の中では、総書記には具体的な職責が無く、全局を統括し、必要な時にいかなる事務にも関与することができると言われている

3つ目は、国内の民族主義的なナショナリズムの高まりである。これは前政権時の北京オリンピックや上海万博などのビックイベントの成功や経済成長を遂げたことで高まっていった面もあれば、昨今の国際情勢に煽られた部分もある。最近、国際環境が好転したことから、これからナショナリズムが制御される可能性があると予想する。

(上海万博中国館)

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(3)「七上八下」について

中国語の「七上八下」は緊張・心配などで気持ちが落ち着かない様子を形容する成語である。

共産党最高指導部のメンバーが党大会の際に「68歳以上なら引退する」という暗黙のルールがあると言われているが、よくこの「七上八下」を用いて説明される。即ち党大会の時点で67歳以下なら政治局常務委員に「上がる」、68歳以上なら「下りる」ことから「七上八下」と呼ばれている。とは言え、67歳は一種の資格条件に過ぎない。政治局員は20人以上がいる中、67歳以下の全員が常務委員に「上がる」わけではない。逆に、68歳以上なら全て「下りる」と考えるのは筋であろう。

成文化されていないのにも関わらず、規則として見なされているため、「七上八下」は定年制の一部である。

今回の党大会では、習近平が有能な王岐山を留任させたいがためだけに「七上八下」を見直すことが可能かどうかが焦点である。変更するのであれば、その結果、習近平は自分が周りにどのように見られるようになるかを考える必要がある。慣例とされ順守されてきたルールを破ることは、当然批判の対象になるであろう。

「八上」を可能にすると一部報道されているが、私としては困難で変更すべきではないと考えている。これは任期の2022年に68歳になる習国家主席は、「隠れみの」に利用すると思われる可能性があるため、「改革」や「制度化」の下で実行すれば、旗色が悪いためだ。

3.党大会後の中国

-今月18日からの第19回党大会を控え、2020年には前記の「小康社会」実現の時期を迎え、さらに2021年には中国共産党建党100周年を迎える。これに向けて中国は今後どのような政治体制の下で、どのようにして中国の格差社会を改善させていくのか。中国社会・政治はどのような形になっていくのか。-

現在日本国内では党大会において、二期制の見直しや党規約の改正がなされるのではないかなどの憶測が飛び交っている。知識人の間でもこの話題で盛り上がっている。先代と先々代と比べて、習近平の人気は確かのものである。これは反腐敗によるものもあれば、ナショナリズムの高まりによる部分もある。しかし、三期15年は極めて困難と言わざるを得ない。憲法改正が必要であるうえ、二期10年はすでに十分長いからだ。

私は今回の党大会で変更される可能性のある事柄として、院政が挙げられると考えている。所謂「院政」は中国政治倫理の特色として見るべきものである。院政はこれまでの指導者も行ってきており、前例があるため、更に少し手を加えることは可能であろう。

中国政治の事情を鑑みても、秋の党大会で総書記を退き、春の全人代で国家主席を退くという流れが自然であって、党大会が終わったからといってすぐにすべてのトップから退くことはできないため、必然的に「院政」をとることとなる。そこで、習近平は最後の一花である軍事委員会主席を長く留任できるよう、制度の見直しをする可能性があると見ている。

さらに、より院政をやりやすくするのであれば、次期指導者に自らの意中の人を指名するだろう。かつて鄧小平がよく使った手口である。

(鄧小平の党・軍でのポスト。出典:毛里和子『現代中国政治』名古屋大学出版社)

 

中国は政治の国である。指導者の多くは政策と権術に精通している。そもそも「七上八下」は暗黙のルールに過ぎないし、直すならば不可能と言うわけではない。また、どうしても有能な実力者が必要なら、ルールを破らずに彼を続投させる方策を考案しているはずだ。実際、かつての最高実力者である鄧小平は生涯一度も最高職位に就いたことがない

中国は現在、いわゆるポスト開発独裁という新たな段階に入った。完成期の全能主義というものである。北京オリンピックや上海万博がその一つの里程標であり、その成功は基本的に全能主義政治の出来上がりの証しと見なすことができる。いろいろ問題があるが、現在は比較的平坦な新段階である。

「現代中国の社会・政治の変化」(上)

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