原宿の車両突入事件はテロなのか?〜東京五輪に向けての教訓として〜

      2019/01/21

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2019年となり、いよいよ東京五輪が来年と迫ってきた。そのような中、新年が明けた1日未明、原宿にある竹下通りを軽乗用車が暴走し、8人が負傷した。乗用車を運転していたのは職業不明の21歳の男で、「死刑制度に反対している、同制度は国民の総意、だからなるべく多くの人を狙った」などと供述している。男は明治神宮にも車で突っ込む、無差別に人を襲おうともしていたという。オウム真理教にも言及していたらしいが、警察は両者の関係はないとみている。

新年明けて早々、嫌なニュースを目にすることになったが、来年に東京五輪を迎える日本にとって、この種の事件が正に懸念されるところだ。

 

これはテロ事件なのか?

まず、この事件を知って筆者がテロ研究者として考えるのは、これがテロ事件なのかということだ。テロ問題は21世紀になって注目を浴びるようになったが、依然として、学術的にテロの明確な定義はない。しかし、その行為に政治的な背景が必要との見解は概ね一致しており、イスラム国(IS)やアルカイダが関連する一匹狼的な事件(ローンウルフ)や未遂事件も、一般的に“テロ”として扱われている(捜査の世界でも研究の世界でも)。

外形的に見ると、原宿の事件では、近年、ニースやバルセロナ、ストックホルム、ロンドン、ベルリンなど欧州各地で多発する“車両突っ込みテロ”と何も変わらない。日常的に手に入る車両という“武器”を使って、大衆が集まる場所に突っ込むのは、今日では“流行のテロ手法”になっている。

しかし、外国メディアを含んで、”Domestic Terror Attack(国内的なテロ事件)”, “suspected terror attack(テロが疑われる事件)”などのように、原宿のケースをテロ事件と呼ぶ、またはそれを疑うメディアもあれば、テロという言葉を避けるメディアもあり、その反応は様々だ。

また、どうやってテロ事件と判断するかも大きな問題だ。実行犯の供述、もしくはその後の捜査に重点をおいて決めるのか、そのプロセスにも定まったやり方はない。実行犯が個人的にテロ行為と認識し、それに準ずる十分な政治的な背景があるにも関わらず、捜査当局がそのような背景を軽視し、それを一般犯罪と扱うことはあってはならない。

現在のところ、捜査当局から新たな情報が出ていないので、それ以上のことは断言できないが、犯人の供述やその背景に少なからず政治性を帯びるものがあるならば、今回の事件がテロである可能性は十分にある。また、テロが政治的暴力である以上、1つの事件をテロ事件と断定することは、予想以上の社会的、心理的不安、恐怖を煽りだすこともあり、その判断には十分な注意が必要で、慎重に行われるべきである。来週の論考ではこれに続き、テロ事件認定におけるイスラム教徒が抱える問題について取り上げたい。

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